中国語 前鼻音(-n [n] )&后鼻音(-ng [ŋ])【PART2/2】日本語話者のための判別法&発音のコツ
こんにちは!中国語漫画翻訳者のもりゆりえです。前編の記事では「前鼻音(-n [n] )と后鼻音(-ng [ŋ])が何故日本語母語話者には同じ“ん”に聞こえてしまうのか」を、中国語と日本語の音声史から見てきました。
今回の後編では「漢字を見て前鼻音と后鼻音を判別する方法」と「前鼻音と后鼻音の発音のコツ」をご紹介します。
関連記事:【中国語】発音(ピンイン・声調)はどう学べばいい?超体系的な学習法
目次
「漢字の音読み」で前鼻音か后鼻音かが分かる?
以前こちらの記事でもご紹介したように、私は高校2年生のとき第2外国語として中国語を履修したことをきっかけに、中国語の学習を開始しました。当時私は単語学習の方法として、ノートの見開きページの片方を縦に3分割し、左側に中国語の新出単語を、真ん中に単語のピンインを、右側に日本語の意味を書いていました。
学習を開始して3か月程経った頃でしょうか。ふと、ページ1面に並ぶ中国語の単語とピンイン、日本語を見渡したときに、「あれ?漢字の音読みと中国語のピンインには相関関係がありそうだぞ」ということに気づいたのです。そのときに私が気づいた相関関係とは、「漢字を音読みしたときに“ん”で終わる漢字のピンインは、ほぼ前鼻音(-n)で表記されている」ということでした。
音読み3種類と前鼻音/后鼻音の関連性とは
日本語はひとつの漢字に様々な読み方があります。中国語にも例外的に「ひとつの漢字で複数の読み方を持つ(=多音字)」ものもありますが、日本語に比べると数は圧倒的に少ないです。
日本語の漢字の読み方には、大きく分けて音読み(中国語由来の読み方)と訓読み(もともとの日本語の言葉と同じ意味の漢字を充てたもの)があります。例えば「山」という漢字は音読みでは「さん」、訓読みでは「やま」と読みますね。
さらに音読みは、中国から日本に伝わった年代や、中国のどの地域から伝わったかによってさらに3種類に分けられます。詳しくは以下の通りです。
<『日本語の発音はどう変わってきたか「てふてふ」から「ちょうちょ」へ、音声史の旅』(釘貫 亨著 中公新書)P162~163、P167より作図>
音読み(呉音/漢音)が「ん」で終われば、ほぼ前鼻音
上記で示した3種類の音読みの内、唐音に関しては「呉音と漢音の知識からは読めない漢字で構成された語彙がそれが指し示す文物とともに舶来した」(『日本語の発音はどう変わってきたか「てふてふ」から「ちょうちょ」へ、音声史の旅』(釘貫 亨著 中公新書)P163より)ことや、唐音読みの漢字自体が少ないこともあり、唐音とピンインに相関関係があるとは言い難い状況です。しかし以下の対応表を見ると、呉音と漢音に関しては一定の相関関係が見て取れることが分かります。
<呉音/漢音読みの際「ん」で終わる漢字:ピンインは全て「-n」(前鼻音)であることが分かる>
<呉音/漢音読みの際「長音」で終わる漢字:ピンインは全て「-ng」(后鼻音)であることが分かる>
もちろんこれは、「一定の相関関係」に過ぎませんので例外もあるかと思いますが、中国語学習歴20年以上で、日常的に中日翻訳をしている私が見たことのある「音読みの際“ん”で終わっても、前鼻音(-n[n])にならない漢字」は今のところ「癌(ガン:ái※)」のみです。
また以下の画像を見てのとおり、音読みが長音で終わる漢字のピンイン全てが后鼻音(-ng [ŋ])になるわけではありません。あくまでも、ある漢字のピンインが前鼻音と后鼻音のどちらか分からなくなった際の、判断材料のひとつとして参考にしてください。
※“癌”はもともとyánと発音したが、“炎”と同音で、“胃炎”と“胃癌”など、区別が紛らわしいため、方言音を借り、áiと発音するようになった。(『中日辞典』第2版 P5より)
前鼻音(n[n])と后鼻音(ng[ŋ])、発音方法の違いは?
しかし漢字を見てピンインが推察できても、結局会話や聞き取りで区別できなければあまり意味がありません。
前鼻音と后鼻音の発音方法として、【必会】普通话考试前后鼻音分不清怎么办? – 知乎 (zhihu.com)に紹介されたものを見てみましょう。
<画像は、【必会】普通话考试前后鼻音分不清怎么办? – 知乎 (zhihu.com)より>
发前鼻音的时候,n前面的元音一般发音部位都比较靠前,舌尖顶住上齿龈,不要松动,不要后缩,上下门齿是相对的,口型较闭,前鼻音发音时口腔不能开得太大,以免气流往后进入后鼻腔。其声音较尖细清亮。
后鼻音如ang、eng、ing的发音,前面的元音发音靠后,舌头后部高高隆起,舌根尽力后缩,抵住软腭,使舌根与软颚形成阻碍,使气流从后口腔进入鼻腔,发出后鼻音。后鼻音一般比较浑厚响亮。
訳)前鼻音では、nの前の音は比較的前方で発せられる。舌先を上歯の付け根に当て、舌は緩めず後ろに引かない。上下の門歯は向かい合う形で口は比較的閉じられている。前鼻音を発する際は空気を鼻腔に送らないよう口腔を開き過ぎない。その音は比較的鋭くクリアである。
ang、eng、ingなどの後鼻音では、その前に置かれた元音が比較的後方で発せられる。舌の後方を起こし、舌の付け根を後ろに引き軟口蓋に当てる。舌の付け根で軟口蓋に壁を作り、空気を鼻腔に送れば後鼻音となる。その音は比較的低くよく響くものである。
要点をまとめると、「前鼻音は鼻腔に空気を送らないよう、舌先を前歯の付け根に当て空気を遮断して音を出し、后鼻音は鼻腔に空気を送る通り道を作るため、舌の付け根を軟口蓋に当てて壁を作る」ということのようです。
前鼻音(-n)と后鼻音(-ng)、日本語母語話者には聞き取りも発音も簡単ではありませんが、漢字の音読みからどちらかを推察できるのは、中国語と同じ漢字文化圏である日本語母語話者の大きな強みとも言えるでしょう。
anは「あんない」の「ん」 angは「あんがい」の「ん」?
前鼻音と后鼻音の中でも、私を含め多くの日本語母語話者が特に苦手とするのが「an」と「ang」の発音ではないでしょうか。この発音方法の違いを説明したものとして、「an」は「あんない(annai)」の「ん」、「ang」は「あんがい(angai)」の「ん」というものを見たことがある方もいるかもしれません。
日本語の「ん」には6種類の発音方法があると、前編の記事ではご紹介しました。「あんない」の「ん」と「あんがい」の「ん」を実際にしてみると分かるのですが、確かに舌の位置などは上記の【必会】普通话考试前后鼻音分不清怎么办? – 知乎 (zhihu.com)の説明とよく似た形になります。そのため私も、長らくこの方法を意識して発音していました。
しかしあるとき中国語ネイティブの友人に聞いてもらったところ、「あなたのangの発音は、中途半端だ。anとangどちらの音か分かりにくい」と指摘されました。そこでその友人の前で何度か発音し直して聞き比べてもらったところ、どうやら私の「a」の口の開き方が足りなかったことが原因らしいことが分かりました。
<中国語発音学習教材 2-4 鼻母音の種類、およびnとngの区別について 連動ビデオ 加藤徹 (youtube.com)より。前鼻音と后鼻音の発音の区別がうまくできないときに参考にしていた>
つまり、anの発声方法の特徴である「口型较闭:比較的閉じられた口」の形の後に、「-ng」の舌の動き(「使舌根与软颚形成阻碍,使气流从后口腔进入鼻腔:舌の付け根で軟口蓋に壁を作り、空気を鼻腔に送る」形)になっていたため、「anかang、どちらの音か分かりにくい」状態になっていたと考えられます。
あくまで私の場合ですが、「“あんがい”の“ん”と同じ」と考えてしまうと、ついついピンインの「a」が日本語の「あ」の形に近くなり、口の開き方が小さくなってしまっていたようです。
そこで口を縦に大きく開けて「a」を発音した後に、上記の【必会】普通话考试前后鼻音分不清怎么办? – 知乎 (zhihu.com)の方法を意識して「-ng」を発音すると、「さっきよりだいぶよくなった」と言ってもらうことができました。
「安心(ānxīn)」と「安心(あんしん)」の発音は別物
実は私自身「an」に関しても、未だに発音が非常に苦手な単語があります。それは「安心(ānxīn:気持ちが落ち着いている)」です。日本語にも同じ漢字を使用する「安心(あんしん)」という単語がありますね。
前編でもご紹介したように、日本語の「ん」の発音は後続音によって6種類に分かれます。下の表で見てみると、日本語の「安心(あんしん)」の前半の「ん」は後続音が摩擦音になるため⑥の鼻母音(下図緑枠)に該当し、後半の「ん」は後続音がないため⑤の口蓋垂鼻音(下図黄枠)になります。
しかし中国語の安心(ānxīn)はanもxinも前鼻音(-n[n] )のため、舌の位置は下の表では②の歯茎鼻音(下図赤枠)に該当することから、日本語の「安心(あんしん)」と中国語の「安心(ānxīn)」の鼻音は、全く別の音であることが分かります。試しに日本語の「安心(あんしん)」を発音した後、前鼻音の舌の位置(舌先を前歯の付け根に当てる)を意識しながら「安心(ānxīn)」を発音してみてください。舌の位置や音の響き方が日本語の「安心(あんしん)」全く異なることが分かると思います。
<図は音声学の復習⑤撥音「ン」の発音~能力試験合格を目指そう – SenSee Mediaより(色枠は筆者作)>
また中国語ネイティブは、anとangそれぞれの「a」を聞いただけで、後に続くのが「-n」か「-ng」かが予想できる程、「a」の音が全く違う音に聞こえると言います。それは前鼻音と后鼻音の「a」の口の形が上記【必会】普通话考试前后鼻音分不清怎么办? – 知乎 (zhihu.com)の発音方法に書かれたように、大きく異なることも要因のひとつでしょう。
そもそも中国語の「a」を正しく発音しなければ、それに続く鼻音も正しく発音できないでしょう。先程挙げた「あんない」と「あんがい」にまつわる私の例のように、鼻音の発音ばかりに気が向いて、その前に置かれた肝心の「a」の発音がおざなりになってしまっては元も子もありません。
日本語と同じ漢字が使われた中国語の単語を見ると、つい日本語の音にひきずられてしまうのは、中国語を学習する日本語母語話者の陥りやすい弱点と言えるかもしれません。中国語の正しい発音を身につけるには、やはり初心に立ち返り基本的な発音方法をきちんと意識した上で、ネイティブの口をよく見て、その動きや形をしっかり観察することが何より大切です。
前鼻音/后鼻音を聞き取るには、正しい発音の体得から!
「一番知りたいのは、前鼻音と后鼻音の違いを聞き取る方法だ!」という声が聞こえてきそうですが、残念ながら前編で紹介した日本語の特徴や音声史を考えれば、日本語母語話者がその違いを聞き取れるようになるのは一朝一夕では難しいでしょう。こればかりは「多听多说(たくさん聞いて、たくさん話す)」を繰り返し、地道に経験を積み上げていくしかなさそうです(個人的にはanとangに関しては、anのaは日本語の「あ」と「え」の間のような音で、angのaより明るい音に聞こえるような気もしますが…皆さんはどのように聞こえるでしょうか?)。
しかしその経験を積み上げる際に、「正しい発音を意識するかしないか」は、確実に大きな差をつけるはずです。また「音読みと前鼻音/后鼻音の相関関係」を知っていれば、中国語のドラマや映画に中国語字幕が出ているときでも、前鼻音と后鼻音の発音の違いを意識しながら字幕を見たり、音声を聞くこともできるのではないでしょうか。
もしかしたら中国語の聞き取りに自信がなくて、尻込みしてしまった方もいるかもしれませんが、例え現段階で前鼻音/后鼻音の聞き取りが苦手であっても、中国語会話力の上達を諦めることありません。実際の会話では前後の文脈や単語力で意味を推察するなど、聞き取りの苦手さをカバーできる方法はたくさんあります。発音に苦手意識を持ち会話に挑戦できない状態は、最も避けたいところです。「多听多说」を実現するためにも、まずは臆することなく中国語で話してみることが何よりの近道と言えるでしょう。
今回の記事が、中国語と日本語との繋がりの深さや、中国語学習の楽しさを分かってもらえるきっかけになれば幸いです。
もりゆりえ
広島県東広島市出身。尾道市立大学美術学科卒業。高校時代に読んだ漫画「封神演義」をきっかけに中国語学習を開始。大学卒業後中国に渡り、浙江大学に10ヵ月間の語学留学(2005年〜2006年)をする。留学中に、「第二届中国国際動漫画節」に参加。現在はフリーランスの中日漫画翻訳者として活動中。趣味は中国のマンガアプリでマンガを読むこと。
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