中国語ゼロの「宅女(オタク)」が中日漫画翻訳者になるまで
こんにちは!もりゆりえと申します。現在、フリーランスの中国語→日本語の漫画翻訳者 としてお仕事をいただいております。
私はもともと、大学などで専門的に中国語を勉強したこともなければ、留学期間も10ヵ月と決して長いわけではありません。そんな私が、どのようにして中国語ゼロの状態から中日漫画翻訳者なったのか、その経歴を今回はご紹介させていただければと思います。皆さんの勉強法などの参考にしていただければ幸いです。
目次
マンガ家を目指していたものの…
私はもともと大のマンガ好きで、高校生のときからイラストを描いたり、コミケ(同人誌即売会)に参加したりしていました。高校2年生のとき、第二外国語の授業で初めて中国語を学びましたが、それも当時「週刊少年ジャンプ」で連載されていた『封神演義』という、中国が舞台のマンガにハマっていたことが理由でした。
当時、マンガ家になりたかった私は「もっと絵を学びたい」と、大学では美術(日本画)を専攻しました。しかし大学在学中、しだいに絵よりも中国語への興味の方が勝っている自分に気づきました。
また当時「就職氷河期」であったことも留学を選ぶ追い風となりました。あっさり新卒での就職の道を捨て、留学費用100万円を貯めるため、大学4年生のときには連日、アルバイトと卒業制作に明け暮れていました。
中国で思わず購入してしまった絵本『封神演義』と、イラスト入りの日常会話集
アニメ制作会社が多い→浙江省に留学だ!
日本で4年制大学を卒業してから半年後、なんとか目標額を貯めた私は、中国へ向けて飛び立ちました。
行き先は浙江省杭州市にある、名門の浙江大学。そこに決めた理由は、日本人が少なかったこと、寮が個室だったこと、奨学金制度があったからです。
また「もしかしたらそのまま中国で就職」と考えていた私にとって、アニメ制作会社が浙江省に多く集まっていたことも、大きな理由でした。
「漢語進修生」という、大学内の教室で中国語の授業を受けられる語学留学生として浙江大学に訪れた私は、最初に受けたクラス分けテストの結果、「中級一班」で学ぶことになりました。
浙江省杭州市の西湖。大学から近く、よく散歩で訪れました
「似顔絵作戦」で、友達をGet
留学前に、日本で中国語検定3級を取得して中国に来ましたが、留学開始後しばらくは、ほとんど歯が立ちませんでした。ニコリともしない売店の小姐(xiaojie/お姉さん)にお釣りを投げ返されては、しょぼくれる毎日を過ごしていました。
早く話せるようになりたい一心で、授業には欠かさず出席し、習った単語を書いては部屋の壁に貼りまくっていましたが、ある日ふと、どんなに留学生寮で必死に勉強しても、自分から動かない限りいつまでも中国人の友達ができないことに、気がつきました。
焦った私は中国人の友人を作ろうと「日本語交流会」に参加しました。もともと私は、自分から積極的に声をかけるのは得意ではありません。そこで「我喜欢画画,我喜欢漫画(私は絵を描くのが好き、マンガが好き)」という一言だけを覚え、似顔絵を描いては渡すという「似顔絵作戦」を繰り返しました。
相手の戸惑いの視線を感じることもありましたが、めでたく数人の若者と友達になることができました。
杭州のアニメイベントに参加
日本を出発して3カ月ほど経ち、徐々に自分の気持ちを伝えられるようになりました。売店の小姐とも笑顔で話ができるようになり、中国に到着して半年後には、学校からの奨学金もいただけることになりました。
そんな時、知り合いの方から「杭州でアニメのイベントがあるから、来てみない?」と声をかけられました。それが私の夢を決定づけた運命のイベント「中国国際動漫節」でした。現在も毎年杭州市で開催されていますが、その年はまだ第2回目を迎えたばかりの、できたてホヤホヤのイベントでした。
そのイベントでは中国全土からマンガ、アニメファンが集まり、中国各地のコスプレ大会を勝ち抜いてきたコスプレイヤーによる煌びやかなステージが披露されていました。アニメ関連のブースも数多くあり、その熱気と規模の大きさに、私は圧倒されました。さらに光栄なことに、日本人の有名コスプレイヤーの方の通訳兼護衛(?)をさせていただく機会にも恵まれました。
実は私が中国に出発する直前、日本では「反日デモ」のニュースが連日取り沙汰され、日中関係は必ずしもいいとは言えませんでした。しかしその会場ではそんな雰囲気などまったく感じられず、中国と日本の若者が、同じ作品を好きなファンとして繋がる姿を見て、アニメやマンガの持つ力に心から感動しました。そしてそのとき、「将来、中国のマンガやアニメを日本に伝える仕事をしたい!」と強く思うようになったのです。
歌あり、ダンスありと、作品への愛を感じるパフォーマンスの数々
帰国、就職、校正課に配属
現地でお仕事のお話もいただきましたが、色々考えた末、予定どおり10ヵ月で帰国することにしました。最初に勉強したクラスのひとつ上のレベルである、「中級二班」を修了した私は、旧HSK6級を取得した後、日本に帰国しました。
日本は1年前とは求職の状況が大きく変わっており、一転「売り手市場」に変わっていました。
私は地元にある小さな印刷会社の校正課に就職しました。当時から漠然と「将来は翻訳の仕事がしたい」と思っていた私は、校正なら、将来翻訳の役に立つかもしれないと考えたのです。
日々の業務のメインは、文章の校正よりも、地元スーパーやショッピングモールのチラシの校正がほとんどでしたが、言葉の選び方やミスの見つけ方、校正作業の基礎などをその会社で学ぶことができました。
結婚、出産、クラウドソーシングサイトへの登録
その後転職し、結婚と同時にその転職先も退職しました。
妊娠中に近所の中国語教室に通いながら新HSKの6級を取得し、翻訳スクールの通信講座で翻訳の基礎を学びました。しかし翻訳の求人のほとんどが「経験3年以上」であったため、まったくの未経験の私には応募もできません。
育児をしながら細々と勉強を続けていたある日、たまたまクラウドソーシングサイトで「未経験可」の中国語の翻訳案件を見つけました。ちょうど上の子が幼稚園に入ったタイミングで時間の余裕ができ始めたため、すぐに登録し応募しました。
初案件は、専門外の繁体字翻訳
そのとき初めていただいたお仕事は、台湾のニュースサイトの中日翻訳。日本のマンガやアニメ、芸能関係の記事を紹介するサイトでした。
慣れない繁体字や、台湾独特の言い回し、若者言葉やネット用語など、難しい面も多くありましたが、自分の好きなジャンルだったこともあり、これまでの経験や知識を活かして長く、そして楽しくお仕事をさせていただきました。他にもアパレルや時事ニュースの翻訳をしたり、翻訳以外のお仕事にも挑戦しながら、ひたすら受注実績を増やしていきました。
そのときはまだ、マンガ翻訳は案件自体が少なく、受注もしていませんでしたが、将来マンガ翻訳に活かせそうな、映画字幕翻訳講座やゲーム翻訳講座を通信で受けて勉強を続けていました。
マンガ翻訳案件の増加
実績が増えてきたところで、クラウドソーシングサイト以外の案件にも応募を始めました。
以前はトライアルに合格し翻訳者として登録されても、その後ご連絡をいただけないこともあったのですが、2021年頃から案件の数自体が増加し、継続してお仕事をいただけることが増えたように感じます。
コロナ禍の影響もあってか、手軽に読めるスマホのマンガアプリが人気を得ていることも背景にあるのではないでしょうか。
現在は日系、中国系企業合わせて5社の企業様に登録していただき、2社の企業様から定期的なお仕事を、1社の企業様からは不定期でお仕事をいただいております。そのうち2社の企業様から現在いただいているのは、校正とローカライズのお仕事です。
帰国後、わずかな可能性を信じて応募した企業での校正の経験が、思わぬ形で活かされています。
中日翻訳に活かせるよう、普段から日本語の表現にもアンテナを張っています。
まとめ
以上が、私が中国語に出会ってからマンガ翻訳者になるまでの経緯です。
高校生のときに中国語に出会って20年、「中国のマンガを翻訳したい」という夢を抱いてから15年以上が経ちました。留学中、中国の友人に自分の夢を語ると決まって「何を言ってるの…?」と呆れ顔で言われていたことを思うと、とても不思議な気持ちです。
以前私が読んだ中国語翻訳関連の書籍には、「中国語の翻訳は求人自体が少ないため、どんな分野も訳せることが重要」と書かれていました。確かにいろんなジャンルに興味を持ち、アンテナを張ることは大切なことですし、オールマイティにできることは強みでもあります。
しかし特に中級レベルになると、具体的な目標が見つけられないと、勉強への意欲が湧かないこともあると思います。そんなとき、好きな分野がひとつでもあれば、中国語学習を続けていくモチベーションになるのではないでしょうか。そしてそれは、将来大きく盛り上がる分野に変身するかもしれないのです。
ただの一「宅女(オタク)」に過ぎなかった私が、ここまで中国語を続けられたのも、中国のマンガを日本に広めたいというオタク特有の一途さと情熱にあるのかも知れません。
皆さんも「これだけは誰にも負けない!」という分野を見つけて、ぜひその分野の「オタク」としての情熱を、中国語学習の原動力にしていただければと思います。
もりゆりえ
広島県東広島市出身。尾道市立大学美術学科卒業。高校時代に読んだ漫画「封神演義」をきっかけに中国語学習を開始。大学卒業後中国に渡り、浙江大学に10ヵ月間の語学留学(2005年〜2006年)をする。留学中に、「第二届中国国際動漫画節」に参加。現在はフリーランスの中日漫画翻訳者として活動中。趣味は中国のマンガアプリでマンガを読むこと。
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