中国語【良い中日翻訳】とは?オススメ書籍3選<翻訳技術編>

中国語実践者

 こんにちは!中国語漫画翻訳者のもりゆりえです。以前こちらの記事でもご紹介したように、「中国の漫画作品の翻訳者になりたい」と思い始めてから15年目にして、ようやくその夢を掴むことができました。その間購入した中国語学習関連の書籍は、60冊を超えています。

 今回は、私が中国語漫画翻訳者になるために実際に購入した中国語学習関連の書籍から、「良い中日翻」をするのに役立った本を、前後編に分けてご紹介します。なお「良い中日翻訳」を、ここでは「日本語話者の読者が“翻訳文”であることを意識せず読める、自然な日本語訳文」と定義し、お話を進めていきたいと思います。

 前編では特に翻訳技術の面で役立つと感じた書籍を3種類、後編(中国文化理解)として漫画翻訳の仕事を開始してから必要性を感じて購入し、使用頻度の高い書籍や参考になった書籍3冊から、それぞれ詳細な内容と具体的なエピソードも交えてご紹介します。

『日本語から学ぶ中国語・中国語から学ぶ日本語』

<『日本語から学ぶ中国語・中国語から学ぶ日本語』 王浩智 著  東京図書 >

 まず最初にご紹介したいのが『日本語から学ぶ中国語・中国語から学ぶ日本語』です。この本の著者は、中国の大学で日本語学部の講師を経験し、日本の翻訳スクールでも教鞭をとられた王 浩智(おう こうち)先生です。中国語と日本語両言語の特徴について、面白く分かりやすく解説されています。

 偶然にも、私が実際に翻訳した漫画作品で「とても中国語らしい表現だな」と思った単語について、本書で解説されていました。それが以下の単語です。

柴米油盐酱酢茶(chái mǐ yóu yán jiàng cù chá.)

 こちらの単語を日本語に訳すと「生活必需品」です。私がなぜこの単語を「中国語らしい」と感じたかというと、日本語がしばしば「曖昧な言語」(主語や動詞が省略されがち、婉曲的な表現が多い)と言われることが多いのに対し、中国語ははっきりと視覚的に表現する(主語は基本的に省略されない、動作を具体的に細かく描写する)ことが多いという特徴に、この単語が見事に当てはまるからです。

 この「柴米油盐酱酢茶(chái mǐ yóu yán jiàng cù chá.)」について、『日本語から学ぶ中国語・中国語から学ぶ日本語』では、さらに一歩踏み込んで「中国語の時間的要素」について言及されています。

 時間的要素を含む語の配置について、結論から言ってしまいますと、中国語では全て時系列に従うようにできています。(p.87)

 一日の始まりに火を熾し、米を研ぎ、鍋に油をひき……そして憩いのお茶。かつてどこの家でも見られた「旧时良辰」(古き良き時代)の懐かしい光景です。この一連の動きの背後にやさしく流れていく時間をぜひ読みとっていただきたいです。(p.88)

 ただ「具体的に描写する」だけでなく、「時間軸に沿って描写する」という中国語の特徴を知ることで、中国語話者がどんなイメージでこの単語を使っているかという、話し手の気持ちにまで思いを馳せることができるのではないでしょうか。

 例えば日本語でも「食事を作る」ことを表現する場合、「調理する」と表現するか「煮炊きする」と表現するかで、その言葉を発した人の性格や年代、職業や食事の内容に至るまで違うものがイメージされると思います。中国語を日本語に翻訳する際は、それぞれの言語話者がどのような理由でその単語を使ったのかまで想像し、言葉の持つイメージや温度感まで把握した上で訳すことが大切です。

『日中・中日翻訳トレーニングブック』

 

<『日中・中日翻訳トレーニングブック』 髙田裕子+毛燕 著 大修館書店 >

 次にご紹介するのは『日中・中日翻訳トレーニングブック』です。ともに中国語の翻訳スクールで活躍されている、髙田 裕子(たかだ ゆうこ)先生と、毛 燕(Mao Yan)先生が共同で執筆されており、髙田先生が中日翻訳の解説を、毛先生が日中翻訳の解説を担当されています。

 以前こちらの記事でもご紹介したように、中国語を自然な日本語に訳すには、中国語の内容を整理し適度に省略して訳すことが欠かせません。特に本書に書かれた以下の指摘は、翻訳を仕事にしている現在でも、注意して訳さないとつい中国語の原文に引きずられてしまいがちな部分です。

 日本語では、話し言葉でも書き言葉でも主語の省略がよく見られます。中国語は日本語に比べて主語の省略が比較的少ないのが特徴の1つです。

 これら日中両語の特徴についてよく承知しているにも関わらず、原文の中国語に“我”とあれば、その都度「私」と訳してしまう人がいます。そこに文字としてあるのに、訳さないと不安だからでしょうか。(p.30)

 他にも中国語から日本語に翻訳する注意点として「同形語に注意する」ことや「原文にひきずられない表現の工夫」など日本語話者が陥りやすい注意点がいくつか紹介されており、今でも訳し方に迷ったときに参考にすることが多くあります。

 必死に中国語から日本語に翻訳していると、つい要らない部分まで訳してしまい、くどい(=情報過多な)日本語訳文になりがちです。訳が一通り終わると見直し作業に入りますが、このとき「省略するべき箇所」を見つける方法として、私は次の2つの方法をとっています。

➀翻訳後、一定期間(できれば翌日以降)置いてから訳文を見直す。

②声に出して読む。

 ➀に関しては、訳を終えた直後に見直しても違和感を見つけにくいので、できれば一晩脳と体をしっかり休めた後に見直すことにしています。体と気持ちをリセットした方が、不自然な箇所を見つけやすいからです。締め切り前などで時間の余裕がない場合は、コーヒー等を飲んで少し休憩したり、合間に家事をはさんだりして、できるだけ新たな気持ちで訳文を見直すようにしています。

 また②の「声に出して読む」作業をすると、日本語訳文の不自然な部分がより見つけやすくなります。余計な主語や情報がある場合、読みにくかったり違和感を覚えたりするからです。特に漫画のセリフではスピード感やストーリーの流れを邪魔しないことが重要なので、何度も何度も声に出して読み直し、少しでも違和感があれば修正を行っています。

 また本書では、日本語語から中国語に翻訳する際の注意点についても言及されており、一例として「加译(補って訳す):日本語で省略されがちな主語、動詞、助数詞などを補って訳す」や、反対に「减译(省略して訳す):まわりくどい言い方を適宜省略して訳す」などが紹介されています。現在の私の漫画翻訳の仕事は、全て中国語から日本語の翻訳なのですが、両言語の違いをより詳しく知るという意味では日中翻訳の解説部分を読むだけでも、非常に参考になります。

アウトプットの練習に『聴く中国語』シリーズ

 <月刊『聴く中国語』 株式会社 愛言社>

 中国語と日本語の特徴を、書籍から知識としてインプットすることも必要ですが、いい翻訳をするにはたくさん自分で翻訳(アウトプット)すること、そしてできれば他の人の訳文と比較することが重要です。

 アウトプットのトレーニングとして、ニュースやドラマ、ビジネス会話や歌など、様々なジャンルの中国語と日本語の訳文が多く載っている『聴く中国語』を活用し、翻訳してみるのもオススメです。中国語の文章を日本語に訳す場合は、日本語訳文を見ずに、まずは自分で訳してみましょう(新出単語は下段にまとめられているので、それを参考にしながら)。訳し終わったら掲載されている日本語訳文と自分の訳文との違いを比較して、なぜその単語や表現が使われているのか、なぜ表現が省略、または追加されているのかなど、理由を考えてみるのもいい学習になります。それを何度も繰り返すことで、自分の文章(訳文)の癖も見えてきます。

 自分の訳文を比較するという意味では、もし時間的、金銭的に余裕がある場合は、翻訳スクールを利用するのもオススメです。複数のクラスメートの訳文を一度に見ることができ、勉強になることも多いはずです。近場に翻訳スクールがない場合は、通信コースを利用するのも手です。コロナ禍を経験したことで、通信コースを設置している翻訳スクールも増えていますので、「中国語 翻訳学校 通信」などでインターネットを検索し、ご自分の都合と合う学校があったら利用してみるのもいいでしょう。

まとめ

 今回は前編として「中国語を日本語に翻訳するために技術面で役立つ書籍」をご紹介しました。しかし言葉に対する知識だけをたくさんインプットしても、良い翻訳には繋がりません。インプットと同時にたくさんアウトプット(=翻訳)を経験し、自分の訳文を第三者の目で評価する(=他の人の訳文と比較し、自分の訳文の癖などを客観的に評価する、第三者に添削してもらう等)ことも非常に重要です。

 次回は後編として、自宅に60冊以上関連書籍があったにも関わらず、翻訳者として仕事を始めて慌てて購入した書籍=「実際の翻訳の仕事に欠かせない書籍」とはなんだったのかについて、お話していきたいと思います。

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もりゆりえ

広島県東広島市出身。尾道市立大学美術学科卒業。高校時代に読んだ漫画「封神演義」をきっかけに中国語学習を開始。大学卒業後中国に渡り、浙江大学に10ヵ月間の語学留学(2005年〜2006年)をする。留学中に、「第二届中国国際動漫画節」に参加。現在はフリーランスの中日漫画翻訳者として活動中。趣味は中国のマンガアプリでマンガを読むこと。

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