【中国産】恋愛漫画作品の<翻訳・ローカライズ>から見える日中ヒロイン像の違い
こんにちは!中国語漫画翻訳者のもりゆりえです。私がこれまで翻訳に携わって来た作品のジャンルは、歴史ファンタジーや、異世界転生モノ、恋愛モノなど多岐にわたりますが、中でも最も難しさを感じているのが、「中国の恋愛漫画作品の翻訳/ローカライズ」です。
今回は私がなぜ、中国の恋愛漫画作品の翻訳とローカライズが最も難しいと感じるのかと、そこから見えてきた、日本と中国の恋愛観の特徴や違いをご紹介したいと思います。さらに、中国の恋愛漫画作品が日本で今より多くのファンを獲得する方法についての私の所感も、お伝えしていきます。
目次
「翻訳」と「ローカライズ」の違いとは?
「中国の恋愛漫画の翻訳/ローカライズの難しさ」を語る前に、まずは「翻訳」と「ローカライズ」の違いを明確にしておく必要があります。翻訳は、異なる言語の文章を他の言語に置き換えることであり、ローカライズとは、製品やサービスを、他の地域や国に受け入れやすい形に変更することです。
私が中国の漫画作品を日本語に翻訳する際は、この翻訳とローカライズを同時に行います。そのため、キャラクターの名前や作中の固有名詞(地名や会社名など)、場合によってはキャラクターの設定(職業や地位など)も、変更します。例えば中国人のキャラクター名を日本人風の名前に変えたり、キャラクターの職業を日本でも違和感のない形に変更したりします(例:軍人→自衛隊員に変更する等)
日中「シンデレラストーリー」のヒロインを比較すると?
中国でも日本でも、女性が主人公の漫画は女性読者の方が割合が高く「読者がどれだけ女性主人公(ヒロイン)に共感できるか」が、人気を左右する大きなポイントになるかと思います。また恋愛漫画の特徴として、キャラクター間の感情の動きを中心に物語が展開することが多いので、より丁寧な心理描写が必要なジャンルであるともいえるでしょう。
そのような意味では、読者から多くの共感を得る必要のあるヒロインの特徴を分析することで、日本と中国それぞれで最も多く共感を得るタイプの女性=それぞれの国における一般的な感覚を持つ女性像を見ることができ、結果として日本と中国の恋愛観(=主に女性から見た、理想の恋愛像や結婚像)を垣間見ることができると考えています。
その中でも、日中両国ともに最近よく見かける「シンデレラストーリー型」の恋愛漫画(ハイスペック男子に見初められたヒロインが、幸せになる物語)に、特にその特徴が色濃く反映されているように感じました。そこで日中の「シンデレラストーリー型作品」の特徴を、実際の作品を例に挙げて見ていきたいと思います。
日本のヒロインの特徴=控えめでけなげな傾向
日本の「シンデレラストーリー型」の作品例として、『いつわりの愛~契約婚の旦那さまは甘すぎる~』を挙げたいと思います。その理由は、後ほど例に挙げる、私が校正に携わった中国の「シンデレラストーリー型」の作品と、話の特徴や展開などの共通点が多いからです。実際に私が作品を読んでまとめた導入部は、以下のような内容です。
結婚間近だと思っていた、社内恋愛中のカレシに浮気をされた主人公(桜井 遥菜/さくらい はるな)。会社に居づらくなった遥菜は泣く泣く会社を去ったものの、ひょんなことから、不動産業界大手の御曹司であり、かつての取引先の常務でもある綾瀬 理人(あやせ りひと)の元で、家政婦として働くことになった。とまどいながらも家政婦として懸命に働く遥菜だったが、ある日理人から「1年だけの契約で結婚してほしい」と頼まれて…?
この作品の読者のコメントを見ると、多忙な男性を支えるヒロインの「内助の功」に対して多くの共感が得られていることが分かります。また、相手の男性キャラについては、さりげない愛情表現に好感を持つコメントが多く書き込まれていました。
具体的には「あり得ない展開だけど、共感できる」や、「応援したくなるカップル」といったコメントが数多く寄せられており、5段階評価中5が最も多く分布していました。
もちろん共感できるというコメントばかりではなく、中には「主人公が男に頼りすぎ」や「主人公が弱すぎる」という感想もありました。こちらのマイナス評価も含めて、次にご紹介する中国の作品に寄せられたコメントも見てみましょう。
中国のヒロインの特徴=勝気で独立心が強い傾向
一方中国の「シンデレラストーリー型」の作品については、具体的な作品名ではなく、私がこれまで翻訳や校正に携わった複数の作品も加味した上で、その特徴をご紹介したいと思います。
連載当初から携わっている作品や、他の翻訳者の続きを担当することになった作品まで様々ありますが、これまで4作品ほど、「シンデレラストーリー型」の恋愛漫画作品に携わってきました。そして面白いことにそのどれもが、ヒロインは「勝気で独立心が旺盛」なタイプでした。
その中で、日本の読者のコメントが寄せられた中国の「シンデレラストーリー型」の作品概要は次のようなものです。
結婚間近だと思っていた社内恋愛中の彼氏に浮気され、夜の街でヤケ酒をあおっていた主人公。翌朝ホテルのベッドで目を覚ますと、横には見知らぬイケメンが寝ていた。パニックになる彼女に「責任を取ってもらうよ」と優しく微笑む彼。後日その彼と偶然再会した主人公だったが、なんと彼はあの有名な国防軍の鬼軍曹だった!しかもなぜかその彼から、突如求婚されてしまい…!?
ヒロインの相手の男性は、イケメンでお金持ち、社会的地位も高い、俗にいう「ハイスペック男子」ですが、ヒロインはそのことにあまりとらわれていないように感じます。日本の作品である『いつわりの愛~契約婚の旦那さまは甘すぎる~』のヒロイン遥菜が、「自分なんかとは不釣り合いだ」と悩む姿とは対照的です。
それどころか中国の作品のヒロインは、社会的に高い地位の相手に見初められた結果巻き込まれてしまった数多くのトラブルを自ら解決するため、単独でとび込んでいったり、「私は私でキャリアを積みたいし、家事は得意じゃないから、結婚しても料理はできない。」と率直に男性に伝えたりしています。日本の「シンデレラストーリー型」の作品では、あまりお目にかかれないタイプのヒロインではないでしょうか?
そのようなこともあってか、日本の読者のコメントには「感情移入しにくい」、「共感できない」、「主人公の気が強すぎて被害を拡大させてるんじゃ…?」という内容が多く見られ、5段階評価で3が最も多い結果となりました。一方相手の男性キャラについては、パワフルなヒロインを受け止める懐の大きさや、優しさに対する好意的な意見が多く見られました。
またその他のコメントを見ると、ヒロインが会社に着ていく服装や登場する習慣の違いなどから「海外の作品だ」と気づいている読者も少なからず見られ、「日本の作品とは別物として見る必要がある」という鋭い指摘もありました。
「美しいカップル」を描く日本、「強い個」を描く中国
日中それぞれの作品のヒロインの特徴を見ると、日本の恋愛漫画ではどちらかというと「けなげで読者が応援したくなる」タイプが好まれ、その相手の男性もさりげなく愛情を表現するタイプが好まれるように感じました。
ここからは漫画好きとしての私見も入るのですが、日本の漫画は「男女の心の動きを読者に想像させる余白を重視し、読者に感情移入と共感を呼び起こす」演出が多い印象を受けます。ここでいう「余白」とは、セリフ以外の方法―例えば表情や風景、手の動きや漫画のコマ割りを利用して、心理描写することを指します。そのため、どちらかというと、いじらしく言葉少なな、読者に多くの想像の余地を与えられるキャラクターが、好感を持たれやすいのではないでしょうか。加えて「応援したくなるカップル」というコメントにもあるように、愛情のやりとりをするカップルをひとつの「美しいもの」として捉えているように感じます。
他に日本の「シンデレラストーリー型」の作品としては、先に挙げた『いつわりの愛~契約婚の旦那さまは甘すぎる~』以外にも、『鬼の花嫁』や、最近実写映画化やアニメ化もされた『わたしの幸せな結婚』なども挙げれらますので、コメントも含め読み比べてみるのも面白いかもしれません。
一方中国の「シンデレラストーリー型」の作品では、キャラクターの感情の機微は、日本の作品ほど詳細に描かれていないような印象を受けます。どちらかと言うと、ハイスペックな男子に見初められたことで、次々と降りかかるようになったトラブルを、ヒロインの行動力や機転によって、乗り越えていくという展開が多く見受けられ、カップルとしての魅力というよりは、ヒロイン自身の力強さが中心に描かれているように感じます(そもそもヒロインが勝気でパワフルなため、作中で次々と事件が起きないと、作品として成り立たないような気もしますが…)。
まとめ:中国の恋愛漫画が、日本でファンを得るには?
恋愛漫画に深い共感を求める傾向の強い日本の読者を、中国の恋愛漫画作品のファンとして今より多く取り込むためには、恋愛漫画のタイプを見極めた上で、どこまでローカライズするかを検討してもいいかもしれません。
例えば「ラブコメディ」のような、キャラクターの心の動きより恋愛にまつわるドタバタ劇が中心の作品である場合、従来のローカライズでも大きな問題はないかもしれません。しかし今回ご紹介した「シンデレラストーリー型」の作品の場合、様々な要素から日本の読者の深い共感を得るのは難しい側面があるのも現実です。そのため思い切って「中国の作品である」ことを全面に出し、ローカライズを最低限にとどめることも、ひとつの方法ではないでしょうか。
もちろん中国の作品も多種多様なため、「丁寧に心理描写された作品」であれば、その限りではないでしょう。しかし低評価の原因のひとつに「日本の作品と思って読んだのに何かおかしい」という違和感があり、それが「日本の読者に合うようにローカライズしたことで、却って違いが際立ってしまう」結果になっているのであれば、そうなる可能性が高いタイプの作品を事前に見極めた上で、ローカライズをどこまでするかを検討する余地もあると思います。
また中国の漫画作品では、作品の前半で伏線をたくさん出しておいて、あとからその伏線を一気に回収するパターンも多く見られます。作品によっては最初の10話近くまで伏線だらけの物もあるため、マンガアプリでよく見られる「3話まで無料」などのシステムでは、読者を混乱させたままお試し購読が終わってしまう可能性もあります(「謎だらけでついて行けずリタイア」という内容のコメントも少なからず見られました)。もちろんコストなどとの兼ね合いもあるでしょうが、中国の作品の特徴を把握した上で無料購読の範囲の見直しや調整ができれば、中国の恋愛漫画作品に対して日本の読者が抱く印象も、もう少し違ったものになるかもしれません。
今回の記事が、中国の漫画作品を楽しむ人の参考になれば幸いです。
もりゆりえ
広島県東広島市出身。尾道市立大学美術学科卒業。高校時代に読んだ漫画「封神演義」をきっかけに中国語学習を開始。大学卒業後中国に渡り、浙江大学に10ヵ月間の語学留学(2005年〜2006年)をする。留学中に、「第二届中国国際動漫画節」に参加。現在はフリーランスの中日漫画翻訳者として活動中。趣味は中国のマンガアプリでマンガを読むこと。
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