<中国映画考察 後編>『海洋天堂』に見る、日本の成人障害者支援問題の共通点
こんにちは!中国語漫画翻訳者のもりゆりえです。前回の記事では「中国の社会問題についても学べるオススメ中国映画」の前編として「『北京遇上西雅图』に見る、日本の無戸籍者問題との共通点」について、ご紹介しました。今回は後編として、「『海洋天堂』に見る、日本の成人障害者支援問題の共通点」について皆さんと一緒に考えていければと思います。なおこの記事では「障害者」を、主として『海洋天堂』で取り上げられた「成人自閉症者」とし、話を進めていきます。
※これ以降作品のネタバレを含みますので、まず作品を鑑賞したいという方は作品鑑賞後に以下の記事をお読みください。
※画像は<映画|海洋天堂 Ocean Heaven|オフィシャルサイト (crest-inter.co.jp)>より
『海洋天堂』の作品紹介とあらすじ
この作品は前編の記事でもご紹介した映画『北京遇上西雅图』と同じ、薛暁路監督がメガホンをとりました。主人公の王心诚と、その息子で自閉症(※1)の青年、王大福との物語です。2010年に中国大陸で、2011年には日本でも作品が公開されました。
物語は、王心诚と大福が、海上に浮かぶ小舟に揺られているシーンから始まります。ふたりはロープで互いの体を結び、ロープの先に重りをつけていました。意を決して大福と共に海中に身を投げた王心诚でしたが、自死の試みは失敗に終わります。
意気消沈して自宅に戻った王心诚は、大福にこう呟きました。
你不走,爸走了,谁来管你呀。
お前を残して父さんが逝ったら、誰がお前の面倒を見るんだ。
男手ひとつで大福を育てる王心诚は病に侵され、余命幾ばくもなかったのです。
※1:現在「自閉症」は「自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder 略してASD)」と呼ばれています(DSM 5(精神障害の診断と統計マニュアル‐5 2013年)が、この記事では作品中に使用されていた名称「自閉症」を使用します。
中国の社会的課題:成人自閉症者への公的支援の乏しさ
王心诚の死期が近いことを知った近所の女性が、「本当に大福を預かってくれるところはないのか」と王心诚に尋ねたところ、彼はこう答えました。
能问的我都问了。孤儿院嫌他大,养老院又嫌他小。
(訳:聞けるところは全て問い合わせた。
孤児院には大福の年齢が高すぎると敬遠され、養老院には彼が若すぎると言われたよ。)
それを聞いた女性は「保险公司什么的管不管呀?(保険会社とかはどうなの?)」と王心诚に聞きますが、それに彼はこう答えます。
保险公司不接纳残障智障人的投保,国家社保也暂时不管这一块。
(訳:障がい者は保険の対象外さ。現状、国の社会保障もここには全くの手つかずだ。)
これらのセリフから、作品上映当時の2010年の中国において、「親亡き後」の自閉症者を支える社会保障は非常に脆弱だったことがうかがえます。
中国政府が自閉症児のサンプリング調査と支援の基本指針を開始したのは2006年でした。それまでは主に自閉症児の親が自ら立ち上げた、民間の組織が支援を行っていたようです。また2006年に中国政府から打ち出された支援の指針は、あくまで「義務教育法の改正」に基づく自閉症児への教育支援(=自閉症児が義務教育の対象となることを示す内容)でした。そのため、親亡き後の成人の自閉症者の支援に関しては、公的支援はほぼ存在しなかったと推察されます(参照資料:50-3_02-06.pdf (ritsumei.ac.jp)110項、114項)。
また、王心诚の「孤児院には年齢が高すぎると敬遠され、養老院には若すぎると言われた」というセリフは、「支援が年齢で一律に区分され、大福が現在支援制度の空白地帯にいること」を意味しています。中国における支援の空白地帯の問題は、年齢だけでなく、都市部と農村部(都市戸籍か農村戸籍か)による支援の格差としても存在していました(※)。2023年現在の中国では、映画が公開された2010年より法整備が進み、戸籍による格差も少しずつ解消していると思われますが、実際には依然として居住地による支援の格差が存在しているようです。
<どちらの画像も「孤独症支援网」の微信(WeChat)公式アカウント
2023年7月31日の記事「自闭症孩子可以申请这2种补助,你申请了吗?」より>
※中国の戸籍制度について:かつては戸籍制度により、都市戸籍と農村戸籍では、受けられる支援や待遇などに格差が存在しました(例:都市部に居住していても、農民戸籍の人は都市戸籍の人と同等の教育、医療のサービスが享受できない等)。しかし2014年の戸籍制度改革による戸籍取得制限の緩和により、農民戸籍の人でも居住地の都市戸籍の人と同等の待遇を受けられる人が増えてきています(参考URL:中国「都市戸籍より農村戸籍は不利」、戸籍制度とも絡む根深い教育格差の実態 超大都市に「不動産購入できない」が大きく影響 | 東洋経済education×ICT (toyokeizai.net))。
日本:自閉症者の「親亡き後」の支援の現状
では、日本に同様の社会的課題は見られないのでしょうか。日本では自閉症児/者を含めた「発達障害者(※2)」やその家族を支援する法律として、2005年(平成17年)4月に「発達障害者支援法(※3)」が制定されました。この法律は、これまでの障害福祉制度からこぼれ落ちていた発達障害者の早期発見、早期支援を法的に保障するものです。これにより、発達障害児やその保護者が、乳幼児健診でのスクリーニングなどを通して早期の療育(コミュニケーションスキルのトレーニング)や、発達特性に応じた教育(特別支援教育)へスムーズに繋がりやすくなり、生涯に渡って必要な支援を受けられる仕組みが作られました。
しかしこの法律は、自閉症児とその家族への早期介入と、円滑な社会参加促進のための「医療的、福祉的及び教育的援助」を指しますので、『海洋天堂』の大福のような成人の自閉症者の支援とは、直接の関係はありません(参考URL:発達障害者支援法(平成十六年十二月十日法律第百六十七号):文部科学省 (mext.go.jp))。
2023年においても、成人や親亡き後の自閉症者の支援として国は、「障害年金」(参考URL:障害年金|日本年金機構 (nenkin.go.jp))や、グループホームの入居者の家賃を一部補助してくれる「特定障害者特別給付費」の制度(補助金額の上限:1万円)を設けていますが、「特定障害者特別給付費」に関しては居住する自治体の窓口での申請が必要です(参考資料:施設入所者の費用負担の考え方について (mhlw.go.jp)26項)。
こうして見ると、日本には障害者とその家族の金銭的負担を軽減する制度はあるものの、実際の施設運営は民間への依存度が高いのが現状であり、その点は中国と共通した日本の社会的課題と言えるでしょう。また、居住地により受けられる支援に格差が生じている(自治体の経済状況により、支援が手厚い地域とそうでない地域があること)も、中国と同じく「居住地による支援格差」が存在していると言えそうです。
※2:発達障害:現在は「神経発達症」と名称が変更されています(DSM 5(精神障害の診断と統計マニュアル‐5 2013年)。また、知的能力障害、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれており、従来の「発達障害者支援法」で定められたもの(※3参照)より、広い範囲を指しています。
※3:発達障害者支援法に定められた「発達障害」の定義は「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」とされています。
まとめ
今回は「中国の社会問題についても学べるオススメ中国映画」後編として、『海洋天堂』のセリフを通して、中国と日本に共通してみられる、「成人自閉症者への公的支援課題の共通点」について取り上げました。
次回は番外編として、「国を超えて活動する中日民間障害者支援団体とその現状」について、自閉症児の保護者としての立場も交えてご紹介します!
もりゆりえ
広島県東広島市出身。尾道市立大学美術学科卒業。高校時代に読んだ漫画「封神演義」をきっかけに中国語学習を開始。大学卒業後中国に渡り、浙江大学に10ヵ月間の語学留学(2005年〜2006年)をする。留学中に、「第二届中国国際動漫画節」に参加。現在はフリーランスの中日漫画翻訳者として活動中。趣味は中国のマンガアプリでマンガを読むこと。
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