<漫画で発見>中国語の一人称は「我」だけじゃない!?10種類の特徴と訳し方とは
こんにちは!中国語漫画翻訳者のもりゆりえです。突然ですがここで質問です。「中国語の一人称は何種類あるでしょう?」
ここで「“我”の1種類だけ」と思った方にはぜひ、今回の記事を読んでいただければと思います。実は中国語の一人称には「我」以外にもたくさんあり、古典的な表現も含めると10種類以上存在します。今回は私が中国語の漫画作品を翻訳する中で目にしたものを中心に、「中国語の一人称10種類」の特徴と、私が実際にどんな日本語の一人称に訳したかをご紹介します。
目次
①我(wǒ)
まずは中国語学習者の方ならご存知の、一人称「我(wǒ)」です。男女や年齢の区別なく、オールマイティに使用できます。実際に私が翻訳した中国語の漫画作品でも、9割以上で「我」が使われています。
漫画作品のセリフの「我」を日本語に訳す際は、「私」、「僕」、「俺」、「わし」など、キャラクターの性別や年齢、性格に応じて最もふさわしいと思われるものを選びます。
②俺(ǎn)
田舎者のキャラクターに使われることが多い一人称で、もともとは山東省を中心とした地域でよく使われる方言のようです。同じ漢字が使われている日本語の一人称「俺(おれ)」とはずいぶんニュアンスが違いますね。私が仕事で訳した漫画作品でも、田舎出身の脇役がこの「俺(ǎn)」を使っており、「オラ」や「オイラ」と訳しました。
また、中国の農村を舞台にしたドラマ『俺娘田小草』(2015年/放映局:山东卫视、安徽卫视)でも、主人公「田小草」を含む村の登場人物の多くが、この「俺」を使用しています。特に田小草が「俺」を使うことで、彼女の純朴さやひたむきさが一層際立つように感じられます。
<参考URL:《俺娘田小草》第1集 张媒婆为田小草说亲(闫学晶、胡亚捷、王丽云)【CCTV电视剧】 (youtube.com)より>
③老子(lǎo zi)/本大爷(běn dà yé)
自分を大きくみせたいときや、威張っているときにしばしば使用される一人称です。「老子」も「大爷」も、もともとは父親や男性を意味する言葉ですが、それを一人称として使用することで、相対的に相手を貶め、自分を上に立たせるような尊大なニュアンスを表すことができます。
私が実際に訳した中国語の漫画作品では、「老子/本大爷」とも今のところ男性のキャラクターが使っているシーンしか見たことはありませんが、「老子」に関しては女性も使用できるようです。しかし中国出身の友人に確認したところ、「ケンカのときに使うかもしれない」くらいで、女性が「老子」を使うと、相手にかなり乱暴な印象を与えるとのことでした。もともと「老子」は、四川省で老若男女の区別なく使われていた一人称のようです。
またネットの世界では「俺様は~」とか「この私が~」と冗談っぽく言いたいときに、「老子」が使われることもあります。
以下の画像は中国のWEB漫画作品『一人之下(原題:异人)』(2016年7月より日本でアニメ放映開始)の劇場版『一人之下·锈铁重现』(2024年2月15日中国で配信開始)のエンドロールの一場面です。四川省出身のヒロイン「冯宝宝」の“还认得老子不(=还认得我不:私のこと知ってるよな?)”というセリフが書かれており、「我」の代わりに「老子」が使われていることが分かります。
<参考URL:一人之下剧场版:锈铁重现-免费在线观看-爱壹帆 (iyf.tv)>
漫画作品のセリフでは、男性キャラクターの場合は「俺様」、姉御肌の女性キャラクターが「老子」を使っている場合は「あたい」などと訳すと、もとの中国語が含む尊大なニュアンスが出やすいように感じます。
また、日本のライトノベル作品『俺を好きなのはお前だけかよ』の中国語(繁体字)版タイトルは「喜歡本大爺的竟然就妳一個?」と、「本大爺(本大爷)」が使用されています。日本語の原題は「俺」ですが、「お前だけかよ」という少し上から目線(?)のニュアンスを出すため、「我」ではなく「本大爺」と訳したものと思われます。
<日本語版作品参考URL:俺を好きなのはお前だけかよ | 書籍情報 | 電撃文庫・電撃の新文芸公式サイト (dengekibunko.jp)>
<繁体字版作品参考URL:搜尋:找到「喜歡本大爺的竟然就妳一個?*」的結果,共 13 筆– 台灣角川官方網站 | 線上購物 (kadokawa.com.tw)>
④吾(wú)
ここからは、中国の時代劇や古典作品でよく見られる一人称をご紹介します。
こちらの「吾(wú)」は、古代中国で使用されていた一人称のひとつであり、孔子(紀元前551年頃~紀元前479年)の弟子たちによってまとめれらた『论语(論語)』の中に多くみることができると言います。日本でも有名な孔子の以下の格言にも「吾」が使用されていることが分かります。
子曰、吾十有五而志于學。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而從心所欲、不踰矩。
《论语·为政篇第二》2.4
書き下し文)子曰、「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(したが)ふ。七十にして心の欲する所に従へども、矩(のり)を踰(こ)えず」
現在私が翻訳している中国歴史ファンタジー漫画(主人公が古代中国にタイムスリップして、冒険する話)でも、「古代の祖先霊」のキャラクターがこの一人称を使用しています。またこの「吾」という文字は、『吾輩は猫である』(夏目漱石/1911年全1冊として刊行 )など、日本の古い文学作品でも見ることがあるため、この文字自体が「自分」を表すというのは、なんとなく知っているという方も多いのではないでしょうか。
私が漫画作品のセリフとして訳す際は、「吾」に「われ」とルビをふってもらい、同じ発音の「我(われ)」とは違う古めかしさが出るよう工夫しています。
⑤在下(zài xià)
次は中国の時代劇や古典作品で使用されるものの中でも、「自分をへりくだって表現する一人称」をご紹介します。
私が翻訳を担当した中国歴史ファンタジーの漫画作品で、一人称「在下(zài xià)」は、男性の臣下が皇帝に対し使用していました。実際に日本語に訳す際は「私(わたくし)め」などとすることが多いです。
ここでさらに、日本の漫画作品の中国語翻訳版のセリフにも目を向けてみましょう。
明治時代(1868年~1912年)初頭が舞台の日本の漫画作品『るろうに剣心』の主人公「緋村剣心」は、普段は「拙者」、戦闘中は「俺」と一人称を使い分けていますが、以下のシーンを見比べると、中国語版『浪客剑心』でも「拙者=在下」、「俺=我」と、訳が使い分けられていることが分かります。
⑥老衲(lǎo nà)
僧侶が自分をへりくだって言うときに使う一人称です。こちらも、私が翻訳している中国の歴史ファンタジー作品で、僧侶のキャラクターが使用していました。
日本語にも「拙僧(せっそう)」という僧侶が自分をへりくだって言う際の一人称がありますので、翻訳の際はそちらを使用しています。
⑦奴婢(nú bì)
皇后などの身分の高い人物に仕える、召使いの女性や宦官(去勢された男性の召使いや官吏)が使う一人称です。「奴」も「婢」も奴隷を指すということもあり、皇帝に仕える人間の中でも、最も位が低い者が使う場面が多く見られます。日本語に訳す際は「私(わたくし)」や「私(わたくし)め」とすることが多いです。
⑧朕(zhèn)
ここからは中国の時代劇などでの中でも、身分の高い人物が使用する一人称のご紹介です。
「朕(zhèn)」は皇帝が自分を指す際に使用されており、私が仕事で翻訳を担当している中国の歴史ファンタジー漫画の中でも、皇帝がよく使用しています。もともと「朕」は、秦代以前までは庶民が日常的に使う一人称にすぎなかったようですが、秦(紀元前221年~紀元前206年)の始皇帝が独占的に使用して以来、皇帝などの特別な立場の者が使う一人称となったようです。
日本でもかつて天皇がご自身のことを指す言葉として「朕(ちん)」を用いられていました(1946年1月1日に発せらた詔書「人間宣言」を以って公の場での使用はなくなったとされています)。そのため日本戦後史関連の書籍やテレビ番組などで目にしたり、耳にしたことがあるという方もいらっしゃるかもしれません。
日本語にもかつて存在した一人称ということで、漫画作品のセリフでもそのまま「朕」と訳すことが多いです。
⑨本宫(běn gōng)
皇后や公主など、皇帝に正式に地位が認められた宮中の女性が使う一人称です。皇帝の住まう皇宫には、その妻や妃が住まう后宫があり、その后宫の主とされた女性のみが使うことを許されました。
漫画作品のセリフを訳す際は、「妾(わらわ)」や「私(わたくし)」と訳すことが多いです。
⑩哀家(āi jiā)
夫を亡くした皇太后や皇太子妃のみが用いる一人称です。歴史上で実際に使用されたものというよりは、戯曲や時代劇用に作られた一人称のようです。実際に私が翻訳した漫画作品(中国歴史恋愛モノ)では、皇太后がこの「哀家(āi jiā)」を使用していました。実際にこの「哀家」が使われた以下のようなセリフを仕事で翻訳した際、とても悩んだことがあります。
侍女:太后,王妃在下面跪了一个时辰了。
(皇太后様、王妃様がもう一刻(二時間)も跪いていらっしゃいますが…)
主人公(王妃):——颤抖(ブルブルと震えている)
皇太后:瞧哀家这记性,倒把王妃给忘了。
(おや、妾としたことがうっかり忘れておったわ。)
王妃也真是笨,哀家没叫你起来,你就傻傻地跪着,起来吧。
(全く愚かな王妃だこと。妾が「面を上げよ」というまで、バカみたいに跪き続けるとは。面を上げるがいい。)
この作品の主人公は作中で、皇帝の一族以外に家臣にまで様々な嫌がらせをされるなど、非常に弱い立場でした。そして主人公にかけられた皇太后の中国語のセリフを読めば、「哀家」を使用する彼女が伴侶(前皇帝)を亡くした未亡人であることは、一目瞭然です。
これが何を意味するかというと、皇帝(皇太后の息子)が皇太后に頭が上がらない場合、実質的には皇太后が権力のトップであることも示唆できるということです。しかし日本語の一人称に「位の高い未亡人限定で使える一人称」は私の知る限りありません。
実質的な最高権力者であることが一人称でも示唆できる中国語の原文と、上記の日本語訳文を見比べると、主人公が受けているプレッシャー、ひいては読者に与えるイメージも違ってくるように思います(もちろん皇太后もそのことを承知の上で、わざと主人公に嫌がらせをしているのです)。
色々と悩みながらも、翻訳段階では「皇太后が未亡人である」という情報は重要度が低いと判断したこともあり(登場シーンが2~3コマだったため)、最終的には上記のように「妾(わらわ)」で訳す他なかったのですが、その後も「今後の展開で矛盾が出てきたらどうしよう…(例:皇太后が未亡人であることを、主人公が知っている前提で話が進む、など)」と、しばらく気が気でなかったのを覚えています。
まとめ
いかがでしたか?日本語の一人称にはないニュアンスを持つ中国語の一人称もあり、翻訳が難しいと感じられるものもあったのではないでしょうか。
中国語の一人称のバリエーションを知るには、今回の記事でもご紹介したように、中国語の作品はもちろんのこと、日本語作品の中国語翻訳版を見ることも、非常に勉強になります。特に日本の漫画(コミック)や、中国語に吹き替えられた日本のアニメ作品(※字幕版は翻訳文字数に上限があり、一人称が「我」と訳されていることが多いため、吹き替え版を推奨)を見ると、作中のキャラクターが使っている様々なバリエーションの日本語の一人称が、どんな中国語の一人称に訳されているかが、よく分かります。「中国語吹き替え版」と言っても、吹き替えられたセリフがきちんと字幕表記されていることが多いので、聞き取りに自信のない方も十分楽しめるかと思います。
中国語の一人称は、今回ご紹介した他にもまだまだたくさんありますので、中国の作品や日本語作品の中国語版などを鑑賞する際には、どのような一人称が使われているかをぜひチェックしてみてください。
もりゆりえ
広島県東広島市出身。尾道市立大学美術学科卒業。高校時代に読んだ漫画「封神演義」をきっかけに中国語学習を開始。大学卒業後中国に渡り、浙江大学に10ヵ月間の語学留学(2005年〜2006年)をする。留学中に、「第二届中国国際動漫画節」に参加。現在はフリーランスの中日漫画翻訳者として活動中。趣味は中国のマンガアプリでマンガを読むこと。
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