<中国映画考察 番外編>国を超え活動する、中日民間障害者支援団体とその現状
こんにちは!中国語漫画翻訳者のもりゆりえです。前回は後編として「中国映画『海洋天堂』に見る、成人自閉症者への公的支援の脆弱性」について見てきました。今回は番外編として、「『海洋天堂』描かれた社会的課題解決のため、国を超えて活動する中日民間障害者支援団体とその現状」について、皆さんと一緒に考えていけたらと思います。
目次
中国での変化①:「北京市孤独症儿童康复协会」の啓蒙活動
画像は<北京市孤独症儿童康复协会-北京市孤独症儿童康复协会官网 (autism.com.cn)>より
前回の記事でもご紹介したように、中日両国ともに自閉症児/者への支援の法整備が整ってきたとは言え、その対象は児童がメインであり「成人自閉症者の親亡き後の支援」については、依然として民間への依存度が高いのが現状です。
そのような中、北京にある自閉症者の保護者が立ち上げた団体「北京市孤独症儿童康复协会(北京市自閉症児リハビリテーション協会)」が2006年、日本の社会福祉法人「けやきの郷」を視察しました。
「けやきの郷」は埼玉県川越市にある「知的障害のある自閉症の子どもをもつ親21名が発起人となって、1985年に設立した自閉症スペクトラム障害を中心とする発達障害者(成人)のための専門施設」です(参考URL:理事長挨拶|社会福祉法人けやきの郷 理事長 宮﨑 英憲| 川越市| けやきの郷 (keyakinosato.or.jp))。
北京市孤独症儿童康复协会は、初めて「けやきの郷」を視察した2年後の2008年から、国連が定めた「世界自閉症啓発デー(毎年4月2日)」に合わせ、自閉症の子どもたちの創作作品の発表を開始しました。創作活動を通して自閉症児/者へ生きがいやリハビリテーションを提供すると共に、作品を発表することで中国社会に対し自閉症の啓蒙活動も行っています(参考URL:2022年第十五届“爱在蓝天下”全国孤独症艺术展–无人参观的画展(上篇)_北京市孤独症儿童康复协会官网 (autism.com.cn))。
また、啓蒙活動の他にも「親亡き後」を考える討論会の開催や、中国政府に支援の拡充を訴える活動を行うなど、現在も活動の幅を広げながら中国社会への働きかけを続けています(参考URL:协会组团赴日本“榉之乡”参观考察_北京市孤独症儿童康复协会官网 (autism.com.cn))。
中国の変化②:自閉症児/者の寄宿学校「榉之乡」の設立
画像は<榉之乡自闭症儿童全日制托管寄宿|大龄孤独症托养|心智障碍康复养护 (juzhixiang.net)>より
さらに2019年、江蘇省泰州市に「榉之乡」(訳:欅(けやき)の郷)という名の、7歳から22歳の自閉症児/者対象の寄宿学校が設立されました。現在は原則22歳までとなっていますが、個別の事情に応じて預かる年齢を延長する取り組みもしているようです。
こちらの施設は、特別支援教育で15年のキャリアを積んだ、朱林红氏により立ち上げられました。入学要綱には、「户口不限,面向全国招生(訳:戸籍問わず全国より受け入れ可)」と記されており、居住地や年齢で支援が区分されている中国の現状に対し、公的支援が手薄な層をカバーする狙いもあるように見受けられます(参考URL:入学榉之乡,入学须知,家长须知,榉之乡入学流程,入学资料和清单-榉之乡自闭症儿童全日制托管寄宿|大龄孤独症托养|心智障碍康复养护 (juzhixiang.net))。こちらの「榉之乡」という名称は、2006年に「けやきの郷」を視察した、「北京市孤独症儿童康复协会」の記述に影響を受けて付けられたということです。
陈洪在2006访问日本的“榉之乡”之后,在他的《难忘的日本之行》里面写下了“我们这群孤独症父母明明是一群落水之人,但还都一盘散沙单打独斗着。人人都在想:我淹死的可能不大,只要我有钱,我就能自救。”这样的段落。
而我们看“榉之乡”,则会感叹日本人是如何在几个家长的努力之下,去开辟、建立一个给大龄孤独症生活的地方,然后争取政府的支持,并且在长期的运营里,和家长形成良好的关系,让这项事业才可以更好地更长久地持续下去,真正地实现让大龄孤独症能够得到很好的安置,有尊严有质量的生活下去。
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(訳:陳洪は2006年に「けやきの郷」を訪問したあと、『忘れがたき日本の旅』でこのように書き記しています。「我々自閉症児の保護者は、自分たちが明らかな社会的弱者となってしまったにも関わらず、“まだ死ぬと決まった訳じゃない、金さえあれば助かる”と、てんでばらばらに戦い続けている」と。
一方我々が「けやきの郷」を見て心を動かされたのは、幾人もの日本人の保護者が如何に努力して施設を開いたかということです。成人自閉症者の生活の場を建設し、政府からの支持を勝ち取った上で、その施設を長年運営しながら、保護者との良好な関係を築いている。これらを成し遂げてこそ、長きに渡る施設の存続と、末永く続く成年自閉症者の尊厳ある生活が真に実現するのです。)
(参考URL:听中国榉之乡创始人谈大龄自闭症托养|星空新闻|星空智程康复中心 (startour.com.cn))
中日両国の自閉症者の親が立ち上げた民間支援団体は、国を超えて交流し、少しずつ中国の社会に変化をもたらしているようです。
日本での変化:「こども家庭庁」の設立
一方の日本でも、依然として「親亡き後」の自閉症者に対する国からの支援は十分とは言えません。しかし従来の「年齢で一律に支援を区切る」福祉サービス制度に一石を投じるかもしれないのが、2023年4月1日に発足した「こども家庭庁」です。従来の日本の各種法令における「児童」は、おおむね18歳までを指しており、適用される法令や支援は年齢に応じて厳格に区分されていました(参考資料:②提出各種法令による児童等の年齢区分 (mhlw.go.jp))。そのような中、こども家庭庁は「こども」の表記について、関係省庁に以下のように通達しています。
「こども」表記の判断基準について
こども基本法(令和4年法律第 77 号)において、「こども」とは、「心身の発達の過程にある者」と定義している。
同法の基本理念として、全てのこどもについて、その健やかな成長が図られる権利が等しく保障されること等が定められており、その期間を一定の年齢で画することのないよう、「こども」表記をしている。
これを踏まえ、下記の判断基準により、行政文書においても「こども」表記を活用していく。
<参考資料:001043848.pdf (mhlw.go.jp)>
こども家庭庁の「障害児支援」の指針では、文部科学省や厚生労働省との連携が謳われています(参考URL:障害児支援|こども家庭庁 (cfa.go.jp))。従来の縦割り行政による弊害(例:発達障害児の福祉サービスの管轄は厚生労働省、教育に関する支援の管轄は文部科学省など、必要な支援の全体像が分かりにくい等)や、年齢により支援が一律に区分されることで生じる、支援の網からこぼれ落ちてしまう人をなくす取り組みが期待されます。
年齢区分や担当省庁を横断する支援の先に見えてくるもの
さらに、これまで日本の民間支援団体の取り組みが中国の団体を牽引してきたことを考えると、この「年齢区分や担当省庁を横断した支援の取り組み」は、将来の中国にも一石を投じる可能性を秘めているようにも感じます。例えば、中国の以下のようなケースに対してです。
65岁的贵阳退休教师李旻(化名)至今记得,5年前儿子发给自己的信息:“爸爸,我不是精神分裂,我在网上搜了,我是孤独症。”
1989年,李旻的儿子出生。回想起来,儿子有很多异于常人的地方,但大家都没在意,以为长大就好了。(中略)
经专家确诊,李旻儿子属于高功能孤独症,虽然有学习能力,但因为耽误了幼年的黄金康复期,融入社会的能力很差。一直以为是精神分裂的儿子,28岁时自我诊断成功,这让李旻不知该哭还是笑。
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(訳:貴陽に住む元教師の李旻さん(仮名/65歳)は、5年前に息子から届いたメッセージを今でも覚えている。「父さん、僕は精神分裂病(※1)じゃない。インターネットで調べたんだ。僕は自閉症だよ。」
息子が生まれたのは1989年。思い起こせば、彼は普通の子と違う部分が多かったが、皆一様に「成長すれば問題なくなる」と気に留めることはなかった。(中略)
専門家により、息子は高機能自閉症(※2)と診断された。学習能力はあるが、「療育の黄金期」を逃した彼は社会適応能力に問題をきたしている。ずっと精神分裂病だと思っていた息子が28歳にして自らの疾患に正しい診断を下した。泣いていいやら笑っていいやら、李旻さんは途方に暮れている。)
※1:精神分裂病:日本では現在「統合失調症」に名称が変更されている。
※2:高機能自閉症:言葉や知的な遅れのない(IQ70以上)自閉症。「アスペルガー症候群」とも呼ばれた。現在日本では知的能力の差にかかわらず「自閉スペクトラム症」の名称に統合されている。
<参考URL:大龄孤独症患者,父母走后“托付”给谁?-新华每日电讯 (news.cn)>
現在このようなケースは、日本でも中国でも公的支援の空白地帯に陥る可能性が高く、現状は保護者や民間の団体による支援が中心となっています。しかし今後日本では「心身の発達の過程にある“こども”」として、公的支援の対象になる可能性が徐々に高くなるでしょう。一方中国では上記のように、「支援の空白地帯」の問題点としてメディアが取り上げ始めています。
現在の日本において、「他省庁と連携し、支援を年齢により一律に区分しない」というこども家庭庁の方針は、こどもを中心とした若者に限定されています。しかしこの取り組みが、自閉症者を含めた成人の障害者や高齢期に入った「親亡き後」の障害者への支援にも広がることを、ひとりの発達障害児の親としては願わずにはいられません。
制度を超えた支えあいを描く『海洋天堂』から学ぶこと
障害児者の親が国に先駆けて自らの手で支援を作っていくという流れは、中国と日本共通であることが、今回調べていく中で分かりました。現状では、日本の民間支援団体が中国をリードして支援の仕組みに影響を与えている印象があるものの、公的支援の課題は中日両国にまだまだ山積しています。しかし中国と日本の民間レベルでの交流が、互いに必要な支援を考えるきっかけを作り、それぞれの国の社会的課題解消に向けて社会を牽引していることは、自閉症当事者への希望になると同時に、その保護者の希望にもなり得ると感じました。
しかし社会的課題の解消は、当事者やその関係者だけの活動にとどまりません。今回ご紹介した『海洋天堂』のような映画作品も、当事者家族以外の人々が課題に目を向ける大きなきっかけとなります。作品が公開された2010年の中国で、「親亡き後」の障害者への公的支援が乏しい中、必死に支援の手を探し求めた王心诚が、自身の死期と向き合いながら最期に息子に何を残したのか、そして彼の周囲の人々が王心诚の死後どのように大福を支えていくのかなど、人間としての生き方を多くの人に問う作品になっていると思います。
今回の記事が、皆さんに中国映画に興味を持ってもらうきっかけになると共に、中日両国に共通する社会的課題に目を向けるきっかけとなれば幸いです。
もりゆりえ
広島県東広島市出身。尾道市立大学美術学科卒業。高校時代に読んだ漫画「封神演義」をきっかけに中国語学習を開始。大学卒業後中国に渡り、浙江大学に10ヵ月間の語学留学(2005年〜2006年)をする。留学中に、「第二届中国国際動漫画節」に参加。現在はフリーランスの中日漫画翻訳者として活動中。趣味は中国のマンガアプリでマンガを読むこと。
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