中国語を「習得する」「マスター」するとは何か

学習メソッド

先日、ある英語講師の方が以下のようなツイートをしていました。

こちらの菊池先生は、英語の雑誌TIMEをほぼ辞書なしで読める方なのですが、それでも「習得」とは言えないようです。。

今回は、中国語を「習得する」「マスターする」について考えてみたいと思います。

中国語の「習得」「マスター」とは何か

そもそも、「習得」とはどういう意味なのでしょうか?類義語の「マスター」と一緒に確認してみましょう。

精選版 日本国語大辞典によると、「習得」とは「学問、技芸などをならい、身につけること。ならいおぼえること」と、「マスター」は「修得すること。熟達すること。精通すること」とざっくりとした定義がなされています。

中国語学習において、「身につける」「熟達する」というと、ある一定の高い語学力というような意味が本質にありそうです。

語学力の高低を測る基準

では語学力の高低はどのような尺度で測るべきものなのでしょうか?

中国語学習でいえば、HSK(漢語水平考試)や中国語検定などの語学検定で測るのが一般的ですが、これで上級の科目に合格していればいいのでしょうか?

これは、突き詰めて考えると、どのような価値基準で測るか?に行き着きます。

極端な話、中国語の文章を読むことだけを目的にしているなら、会話やリスニングなどは無視して、読解に特化して学習を進めることができます。

その際の評価軸は、実際に読みたい中国語の文章が読めることであり、話したり、聞いたりすることは問われません。(その場合の語学力は、中国語を解読する能力になってしまいますが)

その場合、全然会話ができなくても、中国語の文章を解読できれば「習得」といえるでしょう。

外国語のネイティブレベルとは何か

多くの学習者にとって、第二言語(以下「外国語」)を学ぶ上での「価値基準」は、母語である日本語と同じように、中国語を自由自在に“使える”ようになることでしょう。

これを便宜的にネイティブレベルと呼びましょう。

おそらく、多くの人がなんとなく「習得」「マスター」で想定しているレベルかもしれません。(さりげなくとてつもなく高い目標設定です。。)

では、ネイティブレベルとはどういうレベルでしょうか?

1つの補助線を引いてみたいと思います。

ジョン・オースティンという哲学者は、言語の本質は、「伝達」「依頼」「約束」といった行為の遂行であると提唱しました。 話し手は、発話によって、「情報を伝える」、「何かを依頼する」、「約束する」などの行為をします。言語哲学では、これらの行為は「言葉を用いる行為」という意味で、「言語行為(speech act)」と呼ばれています。

言語を使うことと、何らかの意図を持って行為することは表裏一体です。なんの文脈や意図もない言語使用などは存在しません。

即ち、言語が“使える”とは、言語行為ができること、といえます。言語行為は、上述したもの以外にも、「感謝」「警告」「同意」「謝罪」「命令」「陳述」「質疑」「招待」など無数にあります。これは母語でも外国語でも同じように考えるべきです。

このように考えると、ネイティブレベルとは、我々が母語でできるあらゆる言語行為を遂行できる外国語の能力ということになります。

しかし、これはあまりにも高すぎる目標といえるのではないでしょうか。

冒頭の菊池先生は、おそらくこのような観点で、「「習得」なんか影も見えない」とおっしゃっているのでしょう。

自分で語学力の評価軸を持つ

外国語を学ぶのであれば、特定の意図が明確な「言語行為」という観点から、自分の語学力を評価するのが良いと思います。そして、言語を使って何をするかは、各自の自由です。他人にとやかく言われることではありません。

例えば、インタビューやプレゼンテーションも、意図が明確な言語行為といえます。
インタビューであれば、「聞き出したい情報を相手から聞き出す」、プレゼンテーションであれば、「伝えたい意見を相手に伝え、さらに質疑応答に対応できる」というものです。

聞きたいことが聞けたなら、インタビューは成功であり、言語はうまく使えたといえますし、相手に自分の見解を説明して、理解してもらえなかったら、失敗です。

ここで重要なことは、発音がいいとか、文法の誤りがないとか、豊富な語彙を巧みに使うとか、100%聞き取りができているとか、一般的に理解されている評価軸は出てこないということです。もちろん、それらができていることが、インタビューやプレゼンを成功させるためにプラスに働くでしょうが、それは本質ではありません。

中国語の言語行為といえば、中国に行って現地の人々と交流したり、ビジネスをしたりすることを真っ先に想像しますが、もちろんそれだけではありません。日本にいながら、中国語で本を読んだり、中国のドラマを観賞することも、言語行為であり、それができたら語学はうまくいっていると評価できます。

まとめ

以上、中国語を「習得する」「マスターする」ことについて考えてみました。

一般的に、学習者は外国語学習の目標として、母語並の運用能力を求めていますが、それは「母語でできるあらゆる言語行為ができるレベル」であり、高すぎます。

外国語を学習するのであれば、まずは、自分が本当にやってみたい場面に絞って「習得」できたかどうかを考えてみるのがいいのではないでしょうか。

理想的には、学習の初期段階から具体的な「言語を使った行為」を目標にすることですが、そのような明確な目標がある人は稀でしょう。例えば、中国の文学作品を中国語で読んでみたい、などの強い動機があれば、はじめからそこを目指すに越したことはないです。

語学力と目標は、「鶏と卵の関係」で、レベルが上がってくると、新しい目標が見えてくるという様に相互に影響し合っています。

PaoChaiオンライン中国語コーチングでは、まずは、勉強の段階から抜け出し、実践として中国語を使って「何かができるレベル」まで最短で到達することを提案しています。そこまでいけば、中国語を使って「何かをしている」内に、新たな自分の目標が見いだせるようになるでしょう。

冨江コーチ

東京都出身。早稲田大学国際教養学部卒業。中国ビジネス8年(日本のゲーム、アニメ等コンテンツの中国展開に従事)、中国在住5年(上海、南京)の経験を活かし、実践的な中国語学習のサポートをいたします。2016年から大学院で第二言語習得や言語、哲学の研究、中国語と日本語を教え始める。趣味は、中国各地の麺類を食べ歩くこと。新HSK最上級6級合格。The Australian National University、早稲田大学修士修了